2度目の辞表
こんにちは。
森です。
気付けば1年が経っていました。
退職を決めて、辞表を出し、引き止められて、シンガポールに留学し、いろんなことを考えて…。
1年越しに再度辞表を出しました笑
昨年度も今年も、残業がすごいです。
平日も土日も、自分の時間はありません。
ただ安定的な収入はあるし、まちづくりや防災業務に関わるやりがいもある。
自分にとって何が幸せなのか。
自分の時間を犠牲にして安定した収入を得ることか?
そもそも、国家公務員なんて給料1万円でもいいからこの仕事をやりたいと思った人だけしかやってはないけないと思っています。それが公僕。
収入がほしいんじゃなくて、街を守る事業をしたかった。
でも、年を重ねるごとに、自分の死体仕事をやる上で色々なしがらみが見えてきて、時には雲の上からの言葉に従ってしたくないこともしないといけない。
そして、積み重なる残業とストレスに病んでいる自分がいました。
・お金なんて貯めていても、明日死んだら全ては意味がない
・明日死んだら、素直にならなかった自分に後悔しながら死ぬことになる
・国家公務員を退職まで続けていても、定年後の自分を、俺は好きになれるのか?
こんな思いが心なかでいつもぐるぐる渦巻いていて、やはり退職の道を選ぶことにしました。
失敗したくないけど、失敗したっていい、生きるだけならなんとかなるし、生きていたら何度だってやり直しはきく。
なんたって人生100年時代!好きで楽しい仕事をしていないと、体も心ももたないよ。
国家公務員を今度こそ辞めるため、辞めるまでの記録を、再度記せたらと思います。
猛烈な引き止めに…
こんにちは!
森です。
先日辞職の相談し、それ以降上の方も含めて引き止めに合っています。
もう悩みすぎて疲れました笑
自分の人生のことだけど、なにが幸せなのか分からなくなってきます。
起業したとしても今以上の年収になることは難しい、今の生活が嫌かどうかで言えば嫌ではない、やりたいことをしなければ将来後悔する気がする、でも行動したことで後悔することもある。。
自分にとって幸せの形がどれか、決断するためにはまだまだ時間が必要かもしれません。
人生が500年くらいあれば、やりたいこと全部できるのに。。
サークルオブライフ
身内が他界したり産まれたりすることが多くなり、命の繋がりを感じることが多くなった。
大昔生命が誕生したときから、長い年月の間私の先祖が絶えることなく命を育んできたから私は今ここにいる。
赤ちゃんが大人になり、子供を作り、その子供が大人になり、子供を作る。
まさにサークルオブライフ。生命は続く。
おばの離婚を機に、人生とはなんなのか考えていた。
将来、私も離婚をしてひとりでいるのかもしれない。していなくても、妻に先立たれ、ひとり孤独を噛みしめているのかもしれない。その時、子供がいれば良かったと切実に思い、泣いてしまうのかもしれない。または、そんな余裕もないのかもしれない。
それは様々な形をしている。離婚した人、子供がいないまま生涯を終える人、それらが珍しいことではない。そして今自分も似たような道を歩もうとしている。
子供がいなければ、自分が生きていた証がこの世になにも残らない。先祖が絶えることなく続けてきた命を育むという行為を意図的に絶やそうとしているのだ。
それは本当に正しいことなのか。
正しいことをしなければいけないのか。
私はどこに向かって、どこに着地する?
死に際に、いい人生だったと思いたい。
ただ、死んでしまえば全て無に帰すのだ。ならばなぜこのような悩みが出てくるのだろうか。
証など残して何になる。
性同一障害という病気がある。
自己意識に一致する性別を求め、それが自分の体と異なる場合、自己意識のそれに近づけようとする。
私はこの障害と似たものを持っているのかもしれない。なれもしない自分に憧れを抱き、それに向かって何かしようとする。島国に生まれたことを恨んでいるかのように、外の世界に身を染めていく。
誰しもがそうなのか。自分自身に満足している人なんてそう多くはないのだろうか。
満足するためにはどうすればいいか。
本当に自分のしたいことをすることが一番なのか、したいことをするためには必ず何かしらを切り捨てる必要があるものだ。
その切り捨てたものが、将来的に後悔の基になる可能性もある。
何をしてもきっと、なにもかもが手詰まりなんだ。
きっと性同一障害というやつは、本来と別の性別の体を手に入れたとしても、転生して別性にでもならない限りは満足できないのだろう。
私も同じだ、生まれ変わって大陸で育つ経験をしない限り、満足などできないだろう。
だから死が怖いのだと思う。もっと様々な沢山の人生を歩んでみたいのだ。
男で育った後に、次は女としての人生を経験したいと思うように、
島国で育った経験に飽きて大陸での人生に憧れるのだ。
明確な目標がないから、未知のものを知りたがり、探し続ける。
私は今、人に迷惑をかけてでもしたいことをするというそれをしようとしている。
まあ結局、何をしてもいずれ死ぬ。大した違いはない。
人生はきっとメロディーズオブライフ。
儚く流れた後に盛り上がりをみせ、たちまちに消える。
国家公務員でいることで
こんにちは!森です。
私は某省庁で防災やまちづくりに係る仕事をしています。
それは大きな仕事で、取り扱う予算の額も大きく、やりがいのある仕事です。
おそらくこのまま同じ仕事をし続けても、定年退職する頃にはきっと人間的に成長することができているのだと思います。
なにより安定しています。
退職を決意するにあたり色々なことを考えました。
これからは商売を生業として生きるために稼がなければいけない思いをもたなければならないこと、辞めることの勿体なさ、商売が失敗したときのことを想像したときの不安、、、色々です。
それはとても自由を感じることができるもので、逆に自由は不安に繋がります。
でもきっと、3年後に隕石が落ちてきて、全てがなくなるのだとしたら、今決断できなかった自分を怨むことになる。
今を生きる気持ちで一歩踏み出すことにしました。
きっとですが、なにがあっても生きていくだけならなんとかなるでしょう。
この国ではいろんな人がいろんな仕事をして生きています。
日本の教育は大企業や公務員に就職することを良しとした方針であり、個人の企業に根ざしたものになっていません。日本人が経営に疎い人が多いのはそのためだと思います。
でも、1つの仕事にこだわる必要はないと感じます。
仕事を変えるということは生き方を変えると言うことです。
大きい仕事だけが、いい仕事ではない。
きっと自分に合う生き方があるはず…。
死に際に後悔しないように今日を生きること、
それが僕の今の原動力です(^^)
サンフランシスコの
2年前サンフランシスコに行ったとき、
ゴールデンゲートブリッジのたもとにあるお土産物屋さんで、
フォグドームなるものを見つけた。
一般的によく見るスノードームのフォグ版である。
スノードームと違って一度動かして霧を舞わせてしまうと、長い時間真っ白な景色が続く。まさにサンフランシスコの霧。
霧の街と呼ばれるだけあって、とても面白いお土産だと思ったが、30ドル近い値段に手が出なくて結局買う決心がつかなかった。
ただでさえ私は部屋に物が多い。
今となっては買っておけばよかったと後悔している。
先日出勤途中に転んで、肩を脱臼してしまい、人生初の救急車に乗る羽目になった。緊急で運ばれた先の病院で、肩が外れて痛みで何も考えられない状態の私に、暴れるなとか動くなとか、本当に脱臼しているかどうか調べるためにレントゲンとるだとか、お前ら骨外してやろうかと思った。
外れたままレントゲンとったあとに骨を直してもらって、3割負担でびっくりするような値段だった。
治療後支払いで受付に呼ばれたのは2時間後だった。
しばらくフライングディスクができない。
先日また中国に行ってきた。
仕事はともかくとして、上海蟹が本当に美味しかった。今が旬の季節。
最近出張が多くて、乗り物に乗り疲れた。
世界一周の旅に出たくて仕方がない。
仕事を辞めて旅に出たい。
ルートは西周りと決めている。
中国を1ヶ月以上かけてすべて周り、その後行っていない東南アジアを制覇したあと中東にはいり、ロシア、アフリカ、ヨーロッパを回ったあと、カナダと南米に行く。
そして最後の街は、サンフランシスコ。
そこでフォグドームを買って日本に帰る。
行かなかったら、死の間際に後悔するのだろうか。
フォグドームのように長い間もやもやし続けるくらいなら。
国家公務員を辞める決意
はじめまして。
森と申します!
僕は国土交通省で10年のあいだ、技術系の職員として勤めていました。
仕事は辛いこともたくさんありましたが、(どの職業も同じと思いますが…^^;)
やりがいもあり、決して嫌いではありませんでした。
同期の中では出世も早く、自分で言うのもなんですが頑張っていたと思います。
しかし、毎日仕事に追われる日々を過ごすにつれて、日に日に
「このまま公務員で人生を終わらせてしまっていいのか」
「死ぬ直前になぜもっといろいろなことをやっておかなかったのかと思ってしまわないか」
と考えることが多くなりました。
ひどいときは一度↑を考えてしまうと寝れなくなったり!
このブログでは、自分の人生に満足できるように挑戦していくことや、そうすることにした経緯、感じたこと考えたことをそのまま書いていきたいと思っています。
現在はまだ在職中ですが、先日退職を課長に告げています笑
国家公務員のリアルな仕事の中身も発信していければいいと思っています。
良ければお付き合いくださいませ。